第16話 不便と不幸
〈がん患者の家族の体験記〉
2021年10月9日です。今日は2012年1月を振り返ってみました。
このBLOGは2010年から19年迄の9年間、横行結腸がん・卵巣転移・腹膜播種・肝臓転移・腸閉塞でも前向きに生き抜いた妻と家族の日記です。
その当時に書いた日記を読み返しながら、患者家族の当時の気持ちを書いてみました。
2012年1月6日(金)の日記
・街中で高齢の人が、足を引きずるようにして超ゆっくりと歩いているのを見た。「どこへ行くのやら、この様子では行きたい所にいつ着くのだろうか⁈」と思った。
・食堂で相席した半身まひの人が、食べづらそうに超ゆっくりと定食を食べているのを見た。「このペースだと冷めてしまうのではないか⁈」と思った。
・とても不便そうに思えてしまう風景だが、だから不幸とは言い切れない。「不便と不幸」「便利と幸せ」。この組合せだけではないのだろう。「不便だが幸せ」「便利だが不幸」。こういう組み合わせもあるのだろう。
〈いつもの日常を取り戻す〉
2012年1月の日記を読み返すと、妻の病気がわかる前の生活に戻っていたことを思い出させてくれます。娘がセンター試験に向かう日のページには、妻が娘にあれこれ注意を与え、緊張していた娘が涙を流したことが書かれています。別の日のページには、息子の健康のことを心配する妻の姿が書かれています。この1月は、妻とふたりでレンタルビデオや映画館で「レイルウェイズ」「岳」「学校」「阪急電車」「オールウェイズⅢ」などの映画を観たことが書かれていました。家族全員が、喜怒哀楽のドタバタ喜劇をやりながら過ごしていたことを思い出します。懐かしい気持ちでいっぱいです。
〈不便と便利・不幸と幸せ〉
日々の暮らしは、選択の連続だと思います。人は自分自身の定めた基準に基づいて選び進むことを繰り返しているように思います。単細胞人間の私は、妻が病気になる前は、二つから一つを選ぶ “二者択一” の考え方に基づいて暮らしてきた様に思います。
しかし、この頃から少しずつですが “単細胞からの脱皮” が始まったのかもしれません。
がんという病気に伴う体調の不快、日常生活の制約による不便、将来への不安などは、減少することより増加することの方が多かった様に思います。
これらの出来事がある一方で、家族の絆は強くなり、小さな出来事に感謝を感じる心や幸せを感じる心が芽生えた様に思います。不便や便利という現象で不幸や幸せという状態になるのではないのでしょう。目の前で起きる現象をどの様に受け止めるかで、自分の心は変わるのかもしれません。そんなことを思い始めた頃だったと思います。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回の家族日記は
〈初めて暮らした家〉
を10月13日(水)に予定しています。