がん患者の家族日記

腹膜播種の妻と過ごした体験談

第43話 鉄道の人身事故

〈がん患者の家族の体験記〉

このBLOGは、がん患者の家族の回想録です。2010年~2019年までの9年間、大腸がん(横行結腸)・卵巣への転移・腹膜播種・肝臓への転移・腸閉塞でも、とても前向きに生き抜いた妻。患者家族である私が、その当時に書いた日記をもう一度読み返し、当時の患者家族の気持ちを振返ってみました。

今日は、2014年4月の日記を読み返してみました。

 

2014年4月3日(木)の日記

・いつものように西武池袋線からJR山手線に乗り換えるために、JRの地下改札口に入ると、突然ものすごい警報音が響いた。
・ホームへの階段を昇ると、すぐ隣りのホームで人身事故が発生した直後。何に悩んでのことなのか。

・仕事帰りに、マーちゃんの母親の通夜に行く。
・思い出横丁の埼玉屋でビールを1本飲んで家路についた。人の死に向き合う一日だった。

  ※ マーちゃん:小中学校時代の地元の同級生のこと。

 

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太陽の光を浴びて春に花開く草木たち




〈2014年の4月

4月3日(木)の朝、JR池袋駅で発生直後の人身事故に遭遇しました。恐らく私が西武池袋駅に降車した頃は、この方は、ホームの上を歩いていたのだと思います。
4月18日(金)の夜、関西からの出張帰りのJR目黒駅で人身事故に遭遇しました。この方も、私がJR品川駅で新幹線を降車した頃は、この世にいたのだと思います。

お二人とも、心の中が苦しさでいっぱいになってしまい、解放されたかったのかもしれません。春は季節の変化と一緒に人を取り囲む環境も変わります。「希望」や「喜び」と同時に「絶望」や「哀しみ」も感じさせる季節なのかもしれません。

太陽の光は平等に私たちを照らしてくれます。光を浴びて輝く部分があるということはその輝きの後ろには影の部分もあるのだと思います。
平穏な日々の中では、この思いを理解して落ち着いて過ごすことができます。しかし、平穏さを揺らぐような出来事が起きると冷静さは失われてしまいます。時として輝く光を浴びて「幸せだ」と感じて有頂天になってしまう一方で、影の部分を感じたときなどは「不幸だ」と感じて身の回りのすべてのことを悲観してしまうこともあります。
こんな状況を乗り越える方法を身に着けたいと思います。

〈断捨離の良いところ〉 

窮地に追い込まれ望みを失いかけたときに、その逆境を乗り越えるための処方箋のひとつに「断捨離」があるのではないでしょうか。

いま振り返ると、妻の病状は “完治を目指した時期” と “共存を目指した時期” と “緩和を目指した時期” に分けることができます。2017年頃からは、腹膜内での播種が広がり、目指すものが完治から共存へ変化しました。

この頃の私は、勤務していた宅配会社のグループ会社で “執行役員” という役職で都心にある職場へ電車通勤をしていました。妻の病状の変化にあわせて “自分は何をしたいのか、何ができるのか” を考えました。妻との時間を大切にしたいという思いを実現するため執行役員という役職を返上し、自宅から車で10分程の宅配事業所への異動を願い出ました。同時に「介護時短制度」も利用させていただきました。(会社や仲間には感謝の気持ちでいっぱいです)

このことで、妻には心の負担をかけたかもしれません。しかし、出勤直後に体調が悪化して帰宅したことも数回ありました。都心の職場でなかったことに安堵しています。

断捨離は、本当に大切にしたいことを明確にできます。そして大切にしたいことを実現する環境を作ることができます。窮地に追い込まれたときに二兎を追うのは難しいですが、一兎なら何とかなるかもしれません。

                                 

お読みいただきまして、ありがとうございます。

・次回の家族日記は

 〈玉川温泉の人々〉

を2022年1月23日(日)に予定しています。