がん患者の家族日記

腹膜播種の妻と過ごした体験談

第33話 娘の誕生日

〈がん患者の家族の体験記〉

このBLOGは、がん患者の家族の回想録です。2010年~2019年までの9年間、横行結腸がん・卵巣への転移・腹膜播種・肝臓への転移・腸閉塞でも、とても前向きに生き抜いた妻。患者家族である私が、その当時に書いた日記をもう一度読み返し、当時の患者家族の気持ちを振返ってみました。

今日は、2013年6月の日記を読み返してみました。

 

2013年6月16日(日)の日記

・Eの20歳の誕生日だ。帝国ホテルのなだ万で、おじいちゃんも一緒に5人で食事をした。会食の終り頃に、今日の主役であるEが「産んでくれてありがとう」と言いながら、日比谷花壇の花をママに贈った。ママは涙を流して喜んでいた。

・さらに、EとNから私は「父の日の贈り物」をもらった。

・ママは私に「万歩計」をくれた。おじいちゃんには「父の日の贈り物」をした。

・みんな素敵な家族である。

 ※ E:娘のこと、N:息子のこと、おじいちゃん:妻の父のこと。

 

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畑の様子を見る家族(2013年6月)



〈2013年の6月

なぜ、帝国ホテルで誕生会をしたのか、まったく思い出せません。我が家の外食を決める際の “選択できるリスト” に、都心のホテルはありません。今も謎のままです。

家族で家族の祝い事を一緒にできることは、とても楽しく素晴らしいことです。この時のことで、娘が妻に花を贈り感謝の言葉を伝えたことは今も記憶にあります。ホテル内の花屋さんに頼んでおいたのでしょう。食事の終わった頃に長めのトイレだなと思っていたら花を持って戻ってきたことを想い出します。

息子と娘から私への贈り物、妻から私への万歩計、妻から妻の父への贈り物。予想もしなかった出来事に驚き感動しました。帝国ホテルの施設のすばらしさ、なだ万の料理の美味しさなど、我が家にとっては豪華で素晴らしい時間だったことと思います。しかし記憶に残っているのは、家族の一人ひとりのサプライズです。

春に始めた畑から「生命」を感じるようになっていました。

 

〈素敵な贈り物〉 

あれから8年。先週末(2021年12月4日)に28歳になった娘と二人で、高尾山の近くにある霊園へお墓参りに行きました。その後は、富士山が見たくて河口湖畔のホテルに泊まりました。昼間は富士山と逆さ富士、夜はたくさんの星座を見ることができました。

夕飯の時にレストランに行くと “3人掛けのテーブル” が用意されていました。2人ですがと伝えると「奥様もご一緒にどうぞ」と影膳を用意してくれていました。驚きです。いつも携帯している妻の写真を置いて3人で食事をさせていただきました。

食事が終わるころになると、大きな皿に小さなケーキ、お皿には “ご婚約おめでとう” の文字がチョコレートで書かれていました。またまた驚きました。

チェックイン時に、富士山を背景にホテルの方に写真を撮ってもらいました。その時、私と娘の間に妻の写真を置いたことを想い出しました。また風呂上がりに30分程のマッサージを受けた娘は、担当の女性から問われるままに、母が亡くなったことや自分が婚約したこと、お墓参り帰りの父娘旅であること、などを答えていた様でした。

それが、レストランに伝わり座席やケーキのサプライズになったのだと思います。

他のテーブルでも驚きの声があがっていました。幼児連れのテーブルに “お誕生日ケーキ” が届けられ子供さんが目をまん丸にしている様子が目に入ってきました。

このホテルの皆さんは、とても楽しそうに働いています。きっと、お客さんを喜ばせることを、自分たちの喜びにしているのだと感じました。露天風呂からの景色もレストランの食事も部屋のつくりも素晴らしいものでしたが、恐らく忘れることでしょう。
しかし、このサプライズによる感動は忘れることはないと思います。

イルミネーションが輝きクリスマスが近づいています。もしかしたら「心に残る贈り物」とは、必ずしも「形のある物を渡す」ことではなくて「思いがけない驚きを伝える」ことなのかもしれません。

 

追伸)この時期にお勧めする映画

   ▷『34丁目の奇跡』   

     サンタクロースは実在すると思います!

   ▷『素晴らしき哉、人生』 

     自分は必要な存在なのだと思います!

                                 

お読みいただきまして、ありがとうございます。

  •  次回の家族日記は
     〈O三敬病院患者の会〉

を12月15日(水)に予定しています。